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レモネイドのストロを噛んで。 [愚]

Saturday ,31st December 2011  gremz 自然破壊 森林破壊 大気汚染 オゾン層破壊

十二、三歳の頃。妹と母と私、三人暮らしの家へうさぎが来た。
うさぎが跳ねて勝手に現れた訳ではなく誰かがくれたのだと思う。
経緯はよく憶えていない。
小さくやわらかく目のくりっとした愛らしいうさぎだった。
一緒に暮らすことができたらどんなにか楽しいだろうと思った。

父がいなくなってからの私たちの暮らしは社会保障制度頼りで
身の回りのもの全てを必需と贅沢に分け、贅沢は排除する決まりだった。
うさぎの静かさなら隠れて飼える
くれたひとはそんな思いで連れて来てくれたのかもしれない。

そうは言っても私たちの暮らしには
ケースワーカーや児童相談所員や保健師や近所の口うるさいひとたちなんかが
入れ代わり立ち代わり現れて秘密ひとつを持つにも苦労した。
隠してはおけないし、うさぎはどうしたって私たちには贅沢だ。

結局はヘルパーさんがうさぎを引き受けてくれることになった。
ヘルパーさんは役所の派遣で病身の母に代わり家事を手伝ってくれるひとだ。
大抵の家事は私と妹でこなしたが
成人していないと出来ないことは少なくなく、頼りにしていた。
ヘルパーさんも私たちに親しみを感じてくれていたのか
業務とは関係なしに自宅へ招き
自分のこどもと遊ばせたり手料理を御馳走してくれるのだった。

夫の浮気を知って家を飛び出したときには私たちの家へ来て
「パン屋のやつ!パン屋のやつ!」と泣いたりもした。
彼女のよく行くパン屋の店員が浮気相手だった。
駅前なのよ、駅前のパン屋なのよ」と要らぬ説明もして泣いた。
他の幸せそうなひとの前では泣けぬが私たちなら大丈夫
そういう感じがなくもなかったが何にしても身近なひとではあった。

うさぎの行く先がヘルパーさんの家であれば
全く会えなくなるということもなさそうで妥協案としては最善
そう思っていたが
一週間経たぬうちに誤りだったかもしれないと考えを変える。

それはヘルパーさんから電話があり
うさぎが階段から転がり落ちて死んだと知らされたからで
誰が悪いものでもなく生きていればいつか死ぬのだけど
うさぎと二度と会えなくなったことは確かだし
私の住む小さな平屋に階段はなく転がり落ちようがなかった。

一緒に暮らすことは諦められても、うさぎの命はそう簡単に諦められない。
数日前には元気だったうさぎが死ぬなんて有り得ない気がした。
「嘘でしょう」と言ってみるとヘルパーさんは「ごめんね」と言って
事実は事実、どうしようもなかった。
転がり落ちるうさぎの目に映るものや恐怖心が
自分のうちにも起こり息が苦しくなった。

9月のうさぎ。


いつだって多くの命が失われているのですが
私は生き残った側にいる
そんなことを思う、うさぎ年の年末です。2013-03-25 19:05 更新 451日遅れ

1月の海。

5月のゴミ箱。

9月の夕陽。

タグ:うさぎ 2011-12

共通テーマ:日記・雑感

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