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いつか同じひとつの地層となる砂粒どうし。 [愚]

Monday ,30th April 2012  gremz 自然破壊 森林破壊 大気汚染 オゾン層破壊

父が死んだのは私が十歳と五日めのことで十歳と四日までは生きていた。
彼が生きているうちは親戚付き合いがあり
父の生まれ育った北海道からモノが送られて来たりひとが遊びに来たりした。

父のいとこの女性は年に一度くらい来ていたように思う。
玩具をくれたりどこかへ連れて行ってくれたり喜ばせるのがうまく
自分の犬の写真を見せながら聞かせてくれる話は面白く
彼女と過ごすのは楽しかった。

ある年、彼女が来たのは桜の季節で
朝早くから台所に立ち弁当を拵え花見に連れて行ってくれた。
晴天の井の頭公園の桜は満開で大勢のひとで賑わっていた。
どうにか桜の近くに居場所を見つけ花を愛でつつ弁当を食べる。

家にあった食材と道具でつくった弁当がそうとは思えぬ出来だった。
卵焼きとはこんなに美味いものか。と
母親の料理の腕に問題があるのでは。が同時に明るみに出る。
そんな気はしてたと六歳あたりの私は冷静に弁当を食べ続ける。

何か飲みたいと思えば「はい」と手渡されたのは麦茶で
そうは言わなかったけれど何から何まで気が利くねえという感じ。
コップを両手で口元へ運ぶとき煎った麦の匂いがした。
桜の花が風に舞う。我が世の春。

そんな満ち足りた思いが一瞬で砕けたのは麦茶を飲んだからで
毒薬を口にしたかのような違和感があった。
入っていたのは塩だったのだけれど
待ち構えた味との違いに震え麦茶に塩を入れる文化を知らず怖気づく。
二口めを飲むことはできなかった。
これが彼女ひとりのやり方なのか家伝なのか地域のものか一般的なのか
何にしてもこの花見は桜でも弁当でもなく塩麦茶として心に残る。


母の麦茶は砂糖入りで甘かった。
今は麦茶を飲むことは滅多になくあったとしても何も入れぬが
得意料理などなかった気のする母に毒され甘い麦茶が好きだった。
思い出せる料理はどれも今ひとつなものばかりで
砂糖入り麦茶が母の味なのかも知れない。

彼女ひとりのやり方なのか家伝なのか地域のものか一般的なのか
他にやるひとを見ないのだけれど
母が甘夏みかんに砂糖をまぶしていたことはおいておいて。
2013-04-06 04:25 更新 342日遅れ

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